TOAMI|國本建築堂|尾道の住宅設計デザイン工務店

TOAMI

TOAMI内観

尾道らしい「建具」が息づく、暮らしと記憶をつなぐ場所

尾道市久保・安楽城さん

尾道市役所のほど近く、静かな路地に建つ古民家を訪れました。大正9年に建てられた木造3階建て、もともと建具職人が暮らしていたというこの建物は、今も欄間や障子などの建具に、美しい組子細工の意匠を色濃く残しています。
この建物と出会い、「ひとつの芸術作品を見つけたかのよう」と語るのは、東京の出版社に勤める尾道出身の安楽城誉子さん。
長年東京で暮らしてきた彼女が、故郷・尾道での物語を再び始めようと決めたきっかけ、そしてリノベーションを託した國本建築堂との出会いについて伺いました。

PROFILE安楽城誉子さん。尾道(向島)で育ち、大学進学を機に上京。卒業後は東京の出版社へ入社。便利で忙しない東京の生活にはすっかり慣れたものの、「いつか尾道で暮らしたい」という思いを年々燻らせていました。夫、娘の3人家族。

いつか尾道で暮らせたら。東京から想いを馳せる日々

―安楽城さんは、長く東京に住まわれていると伺いました。尾道に拠点を持とうと思ったのはなぜですか?

安楽城さん:尾道育ちとはいえ向島に住んでいたので、いわゆる「坂の町・尾道」のノスタルジックな雰囲気に子どものころから憧れがありました。上京後、周囲から「尾道っていいよね」と言われても実はそんなに詳しくなく、それが少しコンプレックスで。
大学卒業後は出版社に入社して、休む間もなく働く日々。夫とはよく「いつか尾道に戻って、平屋でのんびり暮らしたいね」って話していました。子どもが生まれ、コロナ禍で働き方が変わったこともあり、「別に老後を待たなくてもいいのかも」と思い始めたのがきっかけです。

インタビュー風景

―大人になって改めて見つめた尾道は、どんな印象でしたか?

安楽城さん: コロナ禍が明けて、実家に帰省した際に町がとても賑わっていて、移住者を中心におもしろいムーブメントが起こっていると感じました。古いものに新しいコンテキストが吹き込まれ、おしゃれで洗練された空間も増えていて。
一方で、「こんなに素敵な移住者が増えていったら、住む場所がなくなっちゃうかも」と思いました。それで慌てて、空き家バンクに足を運んだんです。2024年初めのことでした。

―では、この物件は空き家バンクで?

安楽城さん:いえ。私にはハードルの高い物件ばかりで自信がなくなってしまい……。とぼとぼ帰りかけたときに寄った飲食店で、「いい不動産屋があるよ」と紹介され、その足で1駅先の不動産会社さんを訪ねることに。
思いの丈を伝えたところ、「普段は見せていないんだけどね」と言ってこの物件を教えていただきました。それがこの建物との出会いです。

TOAMI外観

「芸術作品みたい」……100年前の建具に一目惚れ

―初めて訪れたときの印象はいかがでしたか? ‎

安楽城さん:外観の木製格子窓に、外からでもわかる繊細な建具組子、佇まい……。まるで芸術作品のような建物だと思いました。不動産会社さんもオーナーさんも、この家を大切にしてくれる方に紹介したいと思っていたそう。最初は賃貸での紹介でしたが、すぐに移住できるわけではなかったので、「購入できませんか?」とお願いしました。

TOAMI建具

―空き家バンクからこっち、怒涛の展開ですね。

安楽城さん:確かに。オーナーさんが完工後に見に来られたとき、「本当は僕もこんな空間にするのが夢だった」と仰っていたのが心に残っています。

―購入に至った決め手を教えてください。

安楽城さん:尾道の中心地に、こんなに静謐な佇まいの建物が残っていることに衝撃を受けました。建具職人がおそらく代々住まわれていたこともあり、家の細部にまで魂が宿っているようで。
私は骨董品や古い日本の民芸品が好きで、出会いを大切にしているのですが、今回は「家を買った」というより、「少し大きな骨董品を迎えた」という感覚に近いものがありました。

國本建築堂・加藤一実(以下、加藤):わかります。古民家を買うときって、そういう感覚かもしれませんね。

「変えない」という美学。当時の素材を活かして再現した國本建築堂の挑戦

―國本建築堂がこの建物と出会ったときの印象を教えてください。

國本建築堂代表・國本広行(以下、國本):建具職人が住まわれていた背景もあり、柱や格子など随所に手加工の痕跡がみられました。魅せる部分にはしっかり良質な木材が使われているなど、大切に造られ、大事に住まわれてきた建物だと感じました。
外観も非常に美しい。アルミサッシではなく、木製の雨戸板が施されており、建物の雰囲気に溶け合っています。まるで大正時代の尾道の風景を想像させてくれるようでした。

加藤:周囲の雰囲気も想像させてくれる建物ですよね。当時の尾道はきっと、こんな町並みだったんだろうなって。

TOAMI内観

―安楽城さんはどういう経緯で國本建築堂と出会われたのでしょうか。

安楽城さん:家族の紹介でした。隣の隣の家が國本建築堂さんの施工だったそうで、「尾道の工務店といえば國本さん」とおすすめされたのがきっかけです。

國本:まだ購入できるかもわからない状態で、内見翌日に問い合わせをいただいたんですよね。

安楽城さん:つい前のめりになっちゃって。ただ正直にいうと冷静に考えてもいて、東京の建築家にお願いする選択肢もありました。しかし、やはりこの建物の背景や魅力を斟酌して、芯から解釈してくださるのは、地元の工務店さんだと思いました。國本建築堂さんにお願いできてよかったです。

―このリノベーションに挑んで、建築堂チームはいかがでしたか?

加藤:本来の建物をどれだけ崩さず今の生活空間を再現できるか、そして安楽城さんが思い描く空間との整合性についてはものすごく頭を悩ませました。

安楽城さん:ちなみに、具体的にどの部分が大変でしたか?

國本:いちばん難しかったのは外観ですね。1階の出格子(外へ張り出した格子)は腐敗も散見されました。朽ちた部分をいったん剥がして処理し、同じ箇所に戻すという作業を全体的に施しています。
現場で出た古材を再利用するなど、同じ時代の素材をできるだけ活かすことにもこだわりました。施工前とそんなに変わっていないように見えるでしょうけど、実はひとつひとつに手をかけています。

加藤:文化財を修復しているような、きわめて繊細な仕事でしたね。

國本:確かに、一緒に仕事した職人に「國本さんってこのレベルのリノベもやるんだ」と言われました。初期から関わった職人は、かなり神経を使って作業してくれたと思います。

TOAMI内観

―建築堂チームの職人は、殻を破らないといけなかったんですね。

國本:家は、基本的にまっすぐで直角の集合体。建築用語で「たてり(垂直)」といいますが、この建物には水平も「たてり」もない。たとえば格子戸の四辺の長さが異なるため「どっちに合わせる?」と現場で相談しながら進める必要がありました。
でも施工を終えて改めて、「よくこの外観を残してくださった!」と感謝しています。古民家って夏は暑く冬は寒いものなので、普通はサッシをつけて断熱性を上げるなどの改修をするものなんです。

加藤:やはり現実的な生活の質や機能性を重視したら、がらっと改修してしまうほうが楽なんですよ。でも雰囲気を残すことを重視されていたので、私達も「残してもらえるんだ」と感動してしまいました。こんな難しくもやりがいのあるプロジェクトに関わらせてもらえて嬉しかったです。

安楽城さん:掘り出しものと出会えたって感覚が強く、住みやすさや機能性は二の次だったのかも。再生することでこの建物がこれまでと違った価値を生む場所になるんじゃないかって予感がありました。

―安楽城さんのお気に入りポイントを教えてください。

安楽城さん:外観も内装もすべてなのですが、意外性でいえば浴室まわりにときめいています、ものすごく。前川國男さんや坂倉準三さんの建築が好きなので、大好きな昭和初期のモダニズム建築の雰囲気を伝えてお任せしました。
結果、こんなにイメージ以上になるの?とびっくり。もともとの素地がすばらしい家でしたが、そこに自分の好みが溶け合ったことが本当にうれしかった。眺めているだけで幸せです。

TOAMI内観

時代を越え、「投網」をイメージした開かれた場所へ

國本:非常にチャレンジングな現場でしたが、近隣の方々にはとても恵まれました。住宅密集地での工事は周囲のご迷惑になってしまうこともありますが、近所の方からあたたかい声をかけていただいたり、ときにはおはぎの差し入れをいただいたりと、現場チームはみなさんの心遣いに救われました。

安楽城さん:お隣さんも「この家を気に入ってくれたのね」と顔をほころばせていました。不動産会社さんやオーナーさんをはじめ、周囲の方々に愛されている家なんだと実感しています。

―すぐには移住されるわけではないとのことですが、今後この家をどのように活用していくのでしょうか。

安楽城さん:この建物のなかで一番印象的だった組子が投網(とあみ)のデザインだったので、人の縁や夢をつかまえるようなイメージと思いを込めてこの場を「TOAMI」と名付けました。“ami”はフランス語で「友達」。解釈を広げられる語感が気に入っています。
尾道で良い思い出を作っていただきたいという思いもあるので、ゲストハウスのような形もひとつの夢ですが、ちょっと越えないといけないハードルもあるのでまだ検討段階ですね。
おもしろいなと思ったのは、家族の反応です。私がこの物件を買ったことで、小6の娘が「カフェができるかもしれない!」と目を輝かせていたり、親や親戚も「何する?どうする?」ってみんながワクワクしていて。だから絶対にこうと決めすぎず、みんながやりたいことを実現する空間になればいいなと思っています。

TOAMI内観

國本:これは勝手な願いでもあるのですが、ここが安楽城さんの表現の場になればと思っています。僕自身、人と家具が入ることで空間がどう変わっていくかを知ることに、この仕事の真髄を感じていて。空き家だった場所に活気が戻り、外に柔らかい光が漏れ出るような、そういう景色をみてみたいと思っています。

加藤:安楽城さん、仕事柄たくさんのアーティストさんもご存知でしょうから。みんなで集まって交流の場にするのってどうですか?

安楽城さん:そうですね。さまざまな背景をもつ人をお招きしながら、多彩な視点でこの場についての編集会議ができたらおもしろそう。

―3階にあるランプはヴィンテージ家具のオーナーさんがベルギーから取り寄せてくれたものと伺いました。

TOAMI内観

國本:安楽城さんを通じて、これまでなかったものが尾道にもたらされている。引っ張ってきてくれていますよね。

安楽城さん:それは私も同じことを尾道に対して思っています。

國本:東京と尾道、感覚はどちらのほうが研ぎ澄まされるものなんですか?

安楽城さん:尾道です。なにも考えずにぼーっとできる時間が尊くて、落ち着いて発想することができる。もちろんせかせかしていないと生み出せないものもありますが、クリエイティブなことをじっくり考えるなら断然尾道です。
東京って忙しいじゃないですか。いつも視界はスマホサイズだし、少し目線を上げるとものすごい情報量で疲れちゃう。尾道は、己の視野の狭さにふと気付かせてくれるんです。
今はどちらかのエリアに100%関わるというより、東京と尾道を行ったり来たりしながら自分のバランスを探っていきたいです。國本建築堂さんにはその舞台を整えていただきました。私も人生の節目となる年齢に差し掛かっているので、これからの新章が楽しみです。


記事中に何度も登場した「建具」とは、間と間を仕切る障子やふすま、格子戸などを指し、建具に施される装飾を「組子」といいます。組子細工は、釘や接着剤を用いずに木材の組み合わせだけで表現される木工技術。近くで見るとその幾何学的な美しさと繊細さに息をのむのです。
近代の尾道では、漁業が盛んに行われてきました。かつてここで生活していた建具職人は、尾道水道を行き来する小型漁船を眺めては己の感性に磨きをかけていたのでしょうか。まさか100年あまりの時を経てもなお、自身の手掛けた建具が人々から大切に扱われているなんて、想像していなかったかもしれません。
かつての質感を残したまま息を吹き返したこの建物は、新たに「TOAMI」と名付けられました。これから先10年、50年、100年、外と尾道をやさしくつなぐ場として、静かに開かれていくことでしょう。

TOAMI外観

text安藤 未来 photography加藤 一実