古江浜の家|國本建築堂|尾道の住宅設計デザイン工務店

古江浜の家

―温故知新によって生まれた新しい価値観―
日常と非日常がリンクした、ワクワクする家づくり

尾道市向東町古江浜・松本さんご一家

少し汗ばむ梅雨のある日、向島の古江浜(こえはま)という静かなエリアに建つ松本さん宅にお邪魔しました。松本さんご夫婦は、9代住み継がれてきた島の古民家を購入、リノベーションを経て、2024年12月よりここで暮らしています。
玄関から土間にお邪魔すると、湿気を含んだ外気がスッと心地よい空気に切り替わりました。大きな窓にかかるのれんがふわりふわりと揺れ、ファブリックを通してやわらかい陽光がLDKに差し込みます。
大好きな故郷でお二人が見つけた理想の住まいのこと、そして未来の構想について伺いました。

PROFILE尾道市出身の松本征也さん・佑果さん、ねこのぽこくん&みみたくんの2人+2匹家族。征也さんは、尾道市久保で電動自転車&電動バイクのレンタルサービス「ONOMICHILL(オノミチル)」を営んでいます。

終わりが見えなかった家探しの日々

―今回は、松本さんご夫婦の素敵なおうちからインタビューをお届けします。
まず國本建築堂を知ったきっかけは?

施主のお二人

征也さん:ねこと共に長く過ごせる自分たちの家を持ちたいと思い始めてから2年近く、尾道で家探しをしていました。仕事終わりに妻と毎晩、市内のあらゆる場所をドライブしながら、寝ても覚めても家探し。複数のハウスメーカーと図面や見積もりのやりとりも行っていましたが、なかなか理想に近づけない日々でした。
ある日、「古民家改装」「リノベーション」といったワードで検索していて、國本建築堂さんのリノベーション事例を見つけました。

佑果さん:すぐにピンときて、尾道市木ノ庄町の二世帯平屋で開催された「くらしの見学会」に足を運びました。

征也さん:そうそう。そこで初めて國本さんとお会いしたんです。

―初回の打ち合わせはいかがでしたか?

征也さん:衝撃でした。本当にもう全てが衝撃でしたね。僕はワクワクすることが好きで、仕事もプライベートもこの感覚をずっと大切にしてきましたが、家探しに奔走していたこの2年間は、どうも心が動かなくて。でも、國本建築堂さんが手掛けられた家どれを見ても、ワクワクが止まりませんでした。

佑果さん:2人で「ここしかないね」って合致したよね。

征也さん:そうだよね。「どんな家にしたいか」というよりもまず、「この人にお願いしたい」という気持ちが強かったかもしれません。

―2年もの家探しを経て、最終的にこの物件を選んだ決め手はなんでしたか?

征也さん:國本建築堂さんには、この古民家を含めて2軒の物件を一緒に見てもらったのですが、この古江浜の家を見て「なかなかいいんじゃないか」ということになりました。

國本建築堂代表・國本広行(以下、國本):この家はもともと、母屋、離れ、2棟の納屋、浴室小屋という構成の大きな屋敷でした。もちろんすべて老朽化していましたが、どの建物も骨組みが美しく、ポテンシャルを感じました。
それに、佑果さんから「古い日本家屋が好き」と伺っていたのも大きかったですね。美しく経年を重ねたこの家なら、松本さんご夫婦に合うんじゃないかという直感がありました。

佑果さん:古民家はおばあちゃんの家のようなあたたかさがあって、昔から惹かれていました。我が家は、夫がスパスパと物事を決めていくパターンが多いんですが(笑)、この古民家は私が梁に一目惚れしてしまいました。

國本:おそらくですがこの家、家造りを担う職人……つまり大工、もしくは宮大工の方が代々住まわれていたのではないかと想像しています。鑿(ノミ)、鉋(カンナ)、鋸(ノコギリ)など、あらゆる種類の手道具が大量に残されていたんです。家造りを生業とする同志として、非常に興味深い家でしたね。

古江浜の家(骨組み)

古きと新しきを受け入れながら実現した、オリジナリティあふれるLDK空間

―家づくりに対するこだわりはありましたか?

佑果さん:こだわりは特になかったよね。

征也さん:そうだね、全部國本さんにお任せしたよね。

國本:いやいやいやいや!(笑)この「土間の暮らし」は松本さんのこだわりで、國本建築堂で初めて行った施工だったんですよ。

國本建築堂・加藤一実(以下、加藤):ヒアリングの際、お二人からイメージ画像が50枚以上届いたんですが、どれも非日常感という意味で方向性が一貫していました。確かに言葉では直接仰らなかったものの、生活感のありすぎない空間へのこだわりが伝わってきましたよ。

國本:松本さんご夫婦と会話を重ねるなかで、お二人が大切にしたいのは「温故知新」なのかもしれない、と感じました。そこで、古い日本家屋では当たり前だった土間や床の間を活かしつつも、新と旧が融合する非日常空間をご提案しました。

古江浜の家(非日常空間)

―言われてみたらここ、土間なんですね。

國本:「土間の暮らし」は素敵な発想でした。しかし一方で、コンクリート床は冬になったら相当寒いのではないかと、床暖房を含め、暖の取り方についてはさまざま検討しましたね。最終的には断熱材のみの施工に落ち着きましたが、初めての冬はいかがでしたか?古江浜の家(土間)

征也さん:いざ住んでみたら、冬でもかなりあたたかかったですよ。暖房で十分でした。

國本:大きな窓から入る太陽の光が、昼間のうちにコンクリート床に蓄熱され、室内をあたためてくれるのかもしれません。

佑果さん:そして暑い季節になってきて、今度はひんやりしていて気持ちがいいらしく、ねこたちがコンクリート床にべったりです。ほかにも、ねこが自由に家の中を散歩できるよう、3箇所にねこドアを作っていただきました。

征也さん:ねこたちもそれぞれ心地のよい場所を見つけてくつろいでいます。快適に過ごしてくれているようで、安心しました。

國本:ほかにも、LDKの大きな窓にかかるのれんのアイデアも松本さんからいただきました。ブラインドやロールカーテンではなく、のれん。この発想も初めてでしたね。土間にのれん、これはかなり良い。松本さんは國本建築堂の事例にワクワクしてくださったと仰っていましたが、こちらこそ豊かな発想に衝撃を受けました。

加藤:本当に。「松本」と名前の入ったのれんが表札代わりになっているのも素敵です。

征也さん:人とかぶらないことがしたかった。やっぱりワクワクしたいという気持ちが第一にありました。

古江浜の家(のれん)

古民家らしさを残しながら、「今」に合わせてコンパクトに整える

―國本建築堂が古江浜の家で実現したことについて教えてください。

國本:屋敷が大きいと、長い目でみたら管理が大変です。限られた予算のなかでどこを活かしどこを削るか、何が大切で何を手放すのかを一緒に考えていきました。たとえば、母屋の隣にはもともと納屋があり、陽光を遮っていました。この納屋を思い切って取り壊すことで景色が抜け、玄関横にあるソファのある空間に風と光が取り込めるようになりました。

古江浜の家(玄関横のソファのある空間)

―確かにとても良い空間です。ほかにどんな提案を?

加藤:建築堂では「この家事動線だとストレスを感じるだろうな」、「この間取りだと空気が滞ってしまうだろうな」といった小さな違和感をないがしろにせず、お客様と間取りのイメージを合わせていくことを大切にしています。

松本さんの「土間の暮らし」でも、人間とねこちゃんが気持ちよく暮らせるよう細部にまで気を配りました。今日こうして実際に生活されているおうちに伺ってみて、ちゃんと風が通り抜ける気持ちの良い空間を感じられて安心しました。ほかにも、土間で暖をとる方法として、薪ストーブを提案しましたよね。

征也さん:そうなんです。魅力的なご提案だったのですが、年齢を重ねたら薪を管理する自信がなかったので、結局薪ストーブは見送ることにしました。

國本:ちなみに打ち合わせは僕だけじゃなく、加藤がフロントでヒアリングさせていただく場面も多々ありましたが、彼女の存在はいかがでしたか?

征也さん:國本さんとの打ち合わせでは、建築家と打ち合わせをしている!という感覚で刺激的でしたが、加藤さんは生活者目線で一緒にツッコミを入れてくださるから、専門知識や専門用語がわからない僕らでも安心して打ち合わせができました。

佑果さん:どちらの打ち合わせも楽しかったです。笑いも多くて、和やかな雰囲気のなかで家づくりができました。

―1階と2階、それぞれどのような用途になっていますか?

征也さん:1階にはLDK、浴室、洗面所、寝室、クローゼット、洗濯スペースがコンパクトにまとまっていて、生活が完結できるようになっています。土間にあるクローゼットは、いずれ子どもができたらベビーカーも収納できるので、使い勝手がかなり優れています。

國本:将来的に家族構成が変わっても可変的に活用できるよう、2階はの部屋には役割をもたせすぎず、客間としています。

佑果さん:普段はねこがごろごろする部屋になっていますね。誰かが泊まりに来たときに2階を使ってもらえるので、友人を招きやすくなりました。

この家に住んだことで膨らんでいく「これから」への創造力

―お二人が家のなかで好きな場所を教えてください。

征也さん:明るくて開放的な玄関の吹き抜けと、梁ですね。2階にあった床を一部抜いてもらったのですが、床があった部分に土壁が残っていて、昔の生活の名残が息づいている雰囲気がとても好きです。選んでいただいたイサム・ノグチの照明(AKARI)も大好きですね。

古江浜の家(吹き抜け)

佑果さん:私はリビングのこの大きいガラス窓と、ダイニングキッチン。「ずっとここにいたい」と思うくらい大好きな場所になりました。先日、友人らとバーベキューをしたのですが、庭からキッチンまでの動線が最高なんです。キッチンから野菜や肉を運ぶのにも便利ですし、子どもたちは外ではしゃいで、ゆっくりおしゃべりしたい大人たちはダイニングテーブルでくつろいで。

古江浜の家(外とひとつづきのダイニングキッチン)

―そんな大好きな生活拠点を軸に思い描く、今後の「ワクワク」についてお聞かせください。

征也さん:母屋か離れを宿にしたいという思いが芽生え、構想を練っています。こんなにもワクワクできる大好きな家ができたことで、この感覚をお客さんにも共有したくて。

―征也さんは電動自転車&電動バイクのレンタルサービス「ONOMICHILL(オノミチル)」を営まれていますよね。

征也さん:はい。現在は「ONOMICHILL」運営の合間に、離れのセルフリノベーションに挑戦中です。改装の様子は定点カメラで記録しているので、ぜひ完成を見守っていただければ。いつできるかはわかりませんが近い将来、「ONOMICHILL」と宿を連動できたらもっと楽しくなりそうです。

古江浜の家(レンタサイクル)

―自宅の宿化計画が始まろうとしていますが、佑果さんはいかがですか?

佑果さん:この家が大好きですし、私はどちらかというとゆったりと過ごしたいタイプ。ですが、夫はいつも思いがけない色とりどりの世界を見せてくれるので、これからも一緒に面白がっていけたらと思います。

―國本建築堂として、古江浜の家を手掛けられていかがでしたか。

國本:建築堂としてはご家族が長く住めるよう設計しましたが、「ここを宿にしたい」と聞いてすんなり「いいな」と思いました。

普通の住宅だったら、まずあり得ない発想なんですよ。しかし、この家、この空間、この環境、そして松本さんの感性だからこそ、そんな未来構想がこの家に不思議とマッチしてくる。おもしろいですよね。

僕たちは常々、住まう人たちがその家を育んでいくと考えています。当たり前ですが、どう暮らすのかはその人次第なんです。生活拠点としても、人々が寄り集まる場所としても、今後どのように進化していくのだろう。楽しみに見守っていきたいと思います。


2年にもおよぶ家探しの旅を経て、松本さんご夫婦がようやく見つけた理想の住まい。外と内をシームレスにつなぐ「土間の暮らし」や、暮らしのなかに「非日常設計」を実現した古民家リノベーションの物語と、暮らしの先にある未来構想について、たっぷり教えていただきました。

実は今回の記事、泣く泣くカットしたエピソードが多々。既存の発想にとらわれないお二人からはどんな話が飛び出してくるかわからず、建築堂取材チームは驚きと刺激の連続でした。

古いものと新しいものの融合、伝統と革新のバランス、そしてなにより住む人の個性が輝く空間。松本さんご夫婦の古民家リノベーションの物語は、これからも続いていきます。

古江浜の家(施主のお二人)

text安藤 未来 photographyしんめんもく(後藤健治)、加藤 一実