本当はこんな家を提案したい。國本建築堂が「コトイエ」に込めたもの
―今回コトイエにお邪魔していますが、尾道に多い古民家物件とは趣の少し異なる、モダンな印象を受けますね。
國本建築堂・加藤一実(以下、加藤):そうなんです。ここは築100年ほどの建物ですが、梁を見せる、土壁を活かすといった「古民家らしさ」をあえて強調しないことにしました。むしろヴィンテージ家具のように、年月を経て味わいが増すような素材を選んでいます。5年、10年という時間の経過と共に木材が飴色に変わっていき、ついてしまった傷さえも味わいとして愛おしくなるような経年美を大切にできる。さらに、メンテナンスが少なくて済むサステナブルな住まいを目指しました。

―ここは、國本建築堂が本当に提案したい要素が反映されていると伺いました。「コトイエ」という名前に込めた想いを教えてください。
加藤:新しいことを研究してみたくて、実現したいこと、提案したいことをいろいろと試してみた。そうしたら、想像以上に暮らしやすい家になりました。私が住みたいくらいです(笑)
コトイエは、國本建築堂が掲げる「暮らしのコトづくり」と「生きるコトをする家」という想いを掛け合わせています。最近はSNSなどに情報が溢れていて、お客様のなかにも「対面キッチンがいい」「寝室はこうあるべき」など住宅への固定観念が形成されていると感じることがあります。でも、この家ではその常識から一歩引いてみて、現代の暮らしに合った家ってなんだろう?とあえて問うような家づくりに挑戦しました。

―固定観念や住宅の常識とは、たとえば?
加藤:一番顕著なのは浴室の位置ですね。コトイエでは、寝室の隣に浴室を配置しています。洗面所とランドリースペースも広くとり、衣類やタオルを収納できるスペースもしっかり確保しているので、リビングなどを経由せずとも洗濯物を干す・取り込む・たたむ・しまうの動作がここで完結します。
日本の住宅において、とにかく湿気が嫌がられます。しかし近代の住宅にはしっかり換気機能もありますし、実際に暮らしてみるとわかりますが、湿気はこもらない設計になっています。むしろ、浴室と寝室のアプローチに無駄がない造りはかなり理にかなった構造だとわかってもらえるんじゃないかな。

―確かに便利ですね。それに、ほかにも無意識的に抱いている固定観念があるかもしれないと感じました。
加藤:そうですね。対面キッチンがいい、畳は8畳ないと……など、「よいとされる家」は各々イメージがあると思います。
たとえば天井ひとつとっても、「低いのは嫌」「高いほうが開放感があっていい」と思われる方も多いんじゃないかな。でも大家族でもない限り、コトイエくらいコンパクトなほうが落ち着く、という感覚にも気付いてもらえるのではないでしょうか。
情報の正解ではないんです。自分たちにとって真に心地よいサイズ感、距離感を、暮らしの体験を通じて提案したかったんです。

時間のない今だからこそ、暮らしに余白を生む設計を
加藤:現代って、みんな本当に忙しいじゃないですか。仕事に、家事に、育児に追われ、1日が一瞬で過ぎ去ってしまう。だからこそ、家から生活を整えること、そしてそれによって生まれる「余白」を、コトイエでは表現したかったんです。今の生活にチューニングした空間で過ごすことで、1日に5分でも自分たちの時間が生まれれば、本を読んだり、夫婦でコーヒーを飲んだりできる。コトイエは、せわしない毎日の1ページに心の余裕をもたらしてくれる家になったと思います。
―家族の気配を感じられる構造でもありますよね。
加藤:それも意識しています。それぞれの時間を過ごしていても、仕事をしたり、音楽を聴いたり、相手の気配を感じられる。仕切られた部屋には安心感があるかもしれませんが、家のなかでそれぞれひとり暮らしをしている状態にも思えてしまいます。
がんばっているな、今余裕ありそうだな、コーヒー入れてあげようかななんて思えたらいいですよね。忙しさのなかで損なわれていた時間や余裕を生み出せたらいいな。

「片付けられないのはあなたのせいじゃない」。家を「人」に合わせていくプランニング
―加藤さんは生活の現実的な営みをプランに落とし込むことが得意な印象です。普段の家づくりで大切にされていることはありますか?
加藤:お客様の住まいを「普段のまま」見せていただくフローを大切にしています。もちろん同意を得て、ですが。
「私、片付けられないんですよね」とポロっとこぼしたお客様がいたとします。家づくりに入る前にお宅にお邪魔して、散らかっているものはなにか、お皿はどう片付けているのか、なにが出ていてなにがしまわれているのか。許可をいただいて、押し入れのなかまで見せていただくこともあります。
「片付けられない」というと、その人のだらしなさのせいと思われるかもしれませんが、実はそうではありません。家がその人に合っていないだけなんです。どうか自分を責めないでほしいな、と。
―カウンセリングに近いですね。
加藤:結果的にそうかもしれませんね。客観的に見せていただき、「この人はオープン棚が向いているな」「収納はこれくらい必要だな」など一つひとつ判断していく。その人の生活スタイルに家をオーガナイズしていく作業を行っているような感覚です。

「ハードの設計」×「ソフトの提案」が強み
―加藤さんが生活動線や整理収納といった視点を持つようになったきっかけはなんですか?
加藤:私自身、かつてアパート暮らしで収納が足りず、一部屋が物置状態になってしまうというジレンマを抱えていました。その強烈な経験から整理収納に興味をもち、寸法や人体スケールに基づいた収納計画を徹底的に学びました。当時は家事動線をここまで深く考える建築設計施工会社は少なかったし、「家事に想いを持った者目線での暮らしの提案」が自分の武器にできると思ったんです。
―國本代表との役割分担はどのようにされていますか?
加藤:代表は、プロの建築士の目線で光や風の通り道、構造的な強さ、外観の美しさといった「建築のハード面」を担うイメージ。私はその箱のなかで、住む人がどう動くかという「暮らしのソフト面」を考えます。実は今でも設計をめぐって夫婦バトルが勃発することもしばしばで(笑)
國本建築堂代表・國本広行(以下、國本):お客様からも「また始まった」と思われているんじゃないかな。それくらい真剣に向き合っているということでもあるんですが。
僕は学生の頃からずっと建築一筋で、どこか「斬新にかっこよく見せられないか」というプライドがあったんだと思います。しかし加藤は「使いにくい間取りなんてダメ、論外」と言って譲りません。
しかし実際に完成した間取りやお客様の反応を見て、さすがに僕にも加藤の主張の道理がわかってきました。実は先日も、プランを突き返されて(笑)図面を渋々書き直してみると、不思議なことにやっぱり「整う」んですよね。
加藤:代表が作る高次元の建築に、私の生活実感を掛け合わせる。このバランスが、國本建築堂にしかできない家づくりにつながっているのかもしれません。

共に「暮らし」をつくる仲間を
―建築堂としての今後の展望をお聞かせください。
加藤:これからは、「人」を育てることを大切にしていきたいと思っています。自分たちだけでは、やはり限界があって。若いスタッフにもどんどん任せていきたいですし、その人ならではの発想も大切にしたい。
國本:ありがたいことに、会社の考え方に共感して来てくださる方も増えてきていますしね。
―國本建築堂で働く魅力はなんだと思いますか?
加藤:一番は「対話」があることかなと思っています。お客様とも、スタッフ同士でも、しっかり話しながら進めていく。現場でも「こうした方がいい」と思ったことは、どんどん提案してほしいと伝えています。工事が進めば、想定外のことも起こるし、プランを見直すタイミングもある。問題や改善案に気付いたら、それをしっかり声に出してほしいんです。
もちろん、変更には体力も時間も必要で、正直面倒に感じることはよくわかります。でも、それを見て見ぬふりせず、「もっと良くしたい」という熱量を持って向き合う。その過程こそが建築の醍醐味であり、お客様の喜び、そして自分自身の達成感につながるんです。スタッフ自身が楽しみ、自分なりのアイデアを発信できる環境を、私たちはこれからも作っていきたいねと代表と試行錯誤しているところです。
若手にプランを任せる機会を増やし、それぞれの発想を活かしていく。将来的には、独立した後も協力関係を築けるような柔軟な働き方も模索しています。
帰ってきたくなる家――。コトイエを前に、そんな印象を抱きました。実際にお邪魔すると、リラックスして過ごす自分の姿や家事をする家族の姿などが鮮明に想像できて、「ここで暮らせたらどんなに豊かだろう」というイメージが溢れてきました。
今回のインタビューを通じて感じたのは、國本建築堂が作っているのは「住宅」という箱ではなく、そのなかで営まれる「人生の時間」そのものだということです。
家族の数だけ家があり、人の数だけ住まい方がある。効率だけでも、デザインだけでもない。「人」の暮らしを見つめ、そこに本当に必要なものを丁寧に編み込んでいく。私たちはもしかしたら、既存の箱に自分を合わせ過ぎていたのかもしれません。
コトイエは、その原点を静かに、しかし力強く教えてくれる場所でした。


