なぜ尾道だったのか。移住の背景にあった「まちへの信頼」
―もともと和歌山県串本町にお住まいだったとのことですが、なぜ尾道へ移住することになったのでしょうか。
隆行さん:串本町は本州最南端にあり、自然が豊かで本当にすばらしい場所でした。以前住んでいた家は目の前に海が広がっていて最高のロケーションだったのですが、長く住み続けることを考えると、より心穏やかに暮らせる地はないだろうかと考えてしまいまして。会社経営もしていたので、環境の変化に左右されにくい場所で、しっかりと腰を据えたいなと思うようになりました。
―移住先はかなり検討されたのですか?
隆行さん:いえ、もうピンポイントで尾道にしようと。実はかなり直感的でした。私はドローン関係の研究開発も行っていて、広島県が当時その実証事業に積極的だったんです。それに加え、経営者の移住に対するサポートが手厚いなど、仕事がしやすい土壌があったのが大きいですね。家探しに訪れたのが初めての尾道でした。
洋子さん:まちの雰囲気が良くて、坂や路地を歩いているだけで楽しくて。移住することに不安も反対もなく、ワクワクしていました。
隆行さん:安心感があって、仕事もクリエイティブにできそうだ。それなら尾道にしようということで引っ越してきました。

國本建築堂との出会い、賃貸物件「コトイエ」で始めた尾道生活
―移住してすぐ、賃貸に住まわれていたと伺いました。
隆行さん:そうです。不動産業者から、國本建築堂さんの賃貸物件「コトイエ」を紹介してもらいました。そこに3年弱暮らしながら、尾道の空気感にじっくり馴染んでいった感じです。コトイエでの暮らしがとても良くて、買わせてもらえないかと思っていたくらいでした。國本さんへの信頼感もどんどん増していき、今後の理想の暮らしをイメージする準備期間になりました。
―三軒家町に新居を構えようと思われたのはなぜでしょうか。
隆行さん:「いい土地が出たみたいですよ」と國本さんから教えていただきました。コトイエとも近く、慣れ親しんだエリアであったことや、買い物、移動に便利だったことも決め手です。ただこの土地、最初は古家が3〜4棟建っている状態で、再生するには少し工夫が必要な土地だったんです。
國本建築堂代表・國本広行(以下、國本):奥へ進むにつれだんだん広がっていくような土地ですね。少し難しく見える土地だったかもしれませんが、宮内さんはすぐにこの土地のポテンシャルを見抜いて、即決されましたよね。
洋子さん:古民家らしい雰囲気もかわいらしくて、リノベーションができないかも含めご相談させていただきました。
隆行さん:ただ何度も増築されている状態で、継ぎ目に隙間があったり井戸が残っていたり、道路への越境もあったりして。國本さんから「長い目で見て、一度整理してから建て替えませんか」と提案いただいたんです。解体費用は結構かかりましたが、確かにそれが正解だったと思います。
洋子さん:唯一、当時の古家から残してもらった建具が今もダイニングに活きているんですよ。かわいくて気に入っています。

―解体、建設、物件の引き渡しまでどれくらいかかるものなのでしょうか。
隆行さん:全部で1年くらいだったかな。
洋子さん:そうですね。以前住んでいた家からも近かったので、工事中もよく現場を見せてもらっていました。更地から少しずつ出来あがっていくのがおもしろかったです。
防犯と開放感の両立、そしてスマートグリッドへのまなざし
―家づくりにあたって、特にこだわったポイントはありましたか?
隆行さん:正直、私はあまり意見を言わせてもらえなかった(笑)しかし大きな窓4面に接しているこの中庭はとても気に入っています。
洋子さん:1点だけ。商業地域の真ん中で、人通りが多い場所だったので、防犯はきちんとしてほしいとお願いしました。私たちもそんなにイメージが固まっていたわけではなかったので、あとはもう國本さんに任せたいなという感じで。
國本:そう、防犯のことはかなり気にされていましたよね。ご要望を形にするために提案したのが「周囲を閉じて、中に開く」というコンセプトです。人通りの多い賑やかなエリアだからこそ、外壁はあえて窓を絞ってプライバシーを守り、その分、建物の中心に大きな中庭を設けました。

國本:さらに、この平屋では太陽光発電パネルと蓄電池を設置しています。作って貯めて、自分の家のエネルギーは自分の家で作るという。光を多く集めるため、南に対して屋根の面積を大きく取っていて、沿道からはパネルが見えないよう見た目にも配慮しました。
隆行さん:うちの車が電気自動車だったのも大きいですね。将来の社会の姿として「スマートグリッド」という考え方は随分前から提唱されてきましたが、残念ながら完全な理想の実現には至っていません。それでも、それに近いライフスタイルの実験がしてみたかったというか、取り入れたら一体どんな生活になるんだろうという興味が大きくて。
ほかにもできるだけIoT技術を活用することでスマートホームを実現したかったんですけどね。ショールームにも足を運びあれこれ検討はしてみたのですが、イマイチ洗練されていなかったり、担当者さんも推していなかったりで、見送ることにしました。ゼロエネルギーはこれからどんどん標準化していくはずですが、まだまだ道半ばという側面もあり、次世代インフラへの新たな課題感も見えてきましたね。

―それは隆行さんが本気で検討されたからこそですよね。國本建築堂からはどんな提案を?
國本:隆行さんの仕事の関係で夫婦が揃う時間が少ないと伺っていたので、家族がどこにいても、中庭を通して気配を感じられる空間にしたいと考えました。この先わんちゃんを迎えたいというご希望も聞いていたので、そんな将来図もイメージしながら設計させていただきました。
家事動線は、ダイニングキッチンの向こうに洗面所、浴室、ウォークインクローゼット、家事ができるスペースがあり、行き来のしやすさにはこだわりましたね。
國本建築堂・加藤一実(以下、加藤):お二人はコトイエで生活してくださったこともあり、収納の足りる・足らないについての意思疎通がとてもスムーズでした。
「使いやすかった」と言ってくださってコトイエから活かしたのが、キッチンの水切り棚。最近の新築はビルトイン食洗機が多く、あえて水切り棚をつけることは少なくなっていると思いますが、この平屋にはコトイエよりもしっかりしたものをつけています。建築堂のお客様、「食洗機は不要」という方が意外に多いので、使いやすい水切り棚があるというのは便利なんです。
國本:そうでしたね。そして、隆行さんの書斎はリビングの奥に作りました。お部屋でオンラインミーティングなど仕事をされる生活を考慮して、二重壁にするなどできるだけ遮音性が高いものを採用しています。

―宮内さんご夫婦とも中庭がお気に入りとのことですが、中庭があることで日々の暮らしにどのような変化がありましたか?
洋子さん:朝起きると、この窓に反射して寝室側から青空が見えるんです。しかも、夜になるとリビングから月が見えて。刻々と移ろう時間や季節がこの窓から眺められるのが、癒しになっています。
―カーテンをつけなくていい大きな窓って素敵ですね。
國本:そうなんです。ハイサイドの窓って、時間帯によっては太陽光が入りすぎる瞬間があるので、電動のロールスクリーンもつけています。

「この家にずっといたい」。尾道のまちと一緒に、暮らしを育てていく
―入居されてから数か月経ちますが、暮らしてみていかがですか?
洋子さん:居心地が良すぎて。特に建築堂さんに選んでもらったソファがお気に入りで、ずっと家にいます。設計前のアンケートに「どんな暮らしがしたいですか?」という質問があったんですが、「布団かソファで過ごしたい」と回答したくらいなんです(笑)
加藤:これはソファが絶対いるなと思いました(笑)
洋子さん:ソファでテレビを見たり、配信ドラマを見たり、中庭のガラス越しに光の変化を眺めたり。動きたくないというか、家にいたいという気持ちが強くなりましたね。
隆行さん:ソファは妻に占拠されてなかなか座らせてもらえませんが、私はお気に入りの書斎があるので、そこで過ごすことが多いです。中庭で一服することもあり、私は私で自分の時間をしっかり堪能しています。
加藤:ソファもですが、家具のチョイスがオリエンタルな雰囲気なんです。洋子さんの好みだと伺っていたので、その雰囲気に合うようなイメージや色合いも意識しました。

―宮内さんご夫婦が今後、この家でやってみたいことはありますか?
洋子さん:「これをやりたい」というより、「ここにずっといたい」という気持ちが大きいですね。よく遊びにくる近所のねこ、将来一緒に過ごしたい愛犬、お庭のこと。小さな楽しみをちょっとずつ愛でながら、この家での暮らしを満喫していけたらいいなと思っています。
隆行さん:移住してから、串本の頃とはまったく違う仕事にも挑戦しています。この新居を拠点に、さらにビジネスの種を育てていきたいですね。尾道というまちの力と、この心安らぐ住まいがあれば、もっとおもしろいことができそうだと思っています。家づくりは、自分の「生き方」を再定義する作業だと改めて感じることができました。
「住まいを変えることは、自分を変えること」。この美しい平屋を見ていると、そんな隆行さんの言葉が胸にすとんと落ちていくようです。
コトイエでの暮らしでまちの理解を深め、太陽光パネルと蓄電池でゼロエネルギーの可能性を探り、中庭から四季や自然を感じる宮内ご夫妻。尾道の歴史に敬意を払い、古い建具を大切に継承しながらも、未来を見据えたテクノロジーを軽やかに取り入れるその姿は、新旧が心地よく混ざり合う尾道そのものを象徴しているようでした。
「まわりに閉じて、内に開く」。その扉の向こう側には、お二人が描いた理想の未来が、やわらかな光とともに広がっています。


