七軒島の家|國本建築堂|尾道の住宅設計デザイン工務店

七軒島の家

「憧れの古民家」じゃなくていい。
尾道・向島でデザイナー夫妻がたどり着いた、背伸びしないリノベーション

尾道市向島町七軒島 小池さん・瀧口さんご一家

尾道市向島。渡船で数分のこの島から尾道の中心部を見渡すと、しっとりと落ち着いた尾道水道越しの景色が広がります。対岸の商店街の賑やかさからは少し離れた、静かな住宅地の一角。そんな環境に、築約60年、10年ほど空き家だった一軒の家がありました。

ここに暮らすのは、小池太輔さんと瀧口希望さんご夫婦。中古住宅という選択の理由や、國本建築堂との家づくりについて伺いました。

PROFILE小池太輔さんと瀧口希望さん、息子さんの3人家族。小池さんと瀧口さんはともに横浜市出身。2024年に夫婦で尾道へ移住し、その後、出産を経て家族が増えました。グラフィックデザインユニット「TŌCA」を起ち立ち上げ、現在は夫婦ともにデザイナーとして活躍しています。

試行錯誤を重ねた移住先での家さがし

―本日は、2か月前に引っ越したばかりという新居にお邪魔しています。早速ですが、國本建築堂との出会いを教えてください。

小池さん:夫婦2人で尾道へ移住することを決め、横浜で移住準備をしていた頃、知人を通じて國本建築堂のウェブサイト制作について相談を受けたのが最初です。移住前ということもあり打ち合わせはオンライン上でしたが、やりとりを重ねるうちに國本さん(代表)と加藤さん(プランナー)の人柄に触れる機会に恵まれました。

移住後も、仕事を通して建築堂さんの手掛けた物件を数多く見てきましたし、安心してお任せできるという絶対的な信頼感が、自分たちのなかで自然と育まれていったんです。

―理想の物件さがしは、移住のハードルのひとつでもあります。おふたりはどうやって住むエリアや物件を探されたのでしょうか?

小池さん:先輩移住者のお宅へ伺ったり相談したりと、かなり試行錯誤しました。結局、移住後に初めて住む場所は國本さんがオーナーをされている賃貸物件をお借りすることにしまして。賃貸に住まいながら、國本さんと加藤さんには購入する物件についてもよく相談に乗っていただきました。

國本建築堂・加藤一実(以下、加藤):ここは、探し始めてから2軒目の中古物件でしたよね。1軒目は車通りが多くて子育てには向かないよって。

國本建築堂代表・國本広行(以下、國本):僕も加藤も尾道で生まれ育っていて、尾道市内の各エリアの性格や雰囲気などの地域性、相場感がわかるので、現実的なことをお伝えできたかなと思っています。

小池さん:最終的には、子どもの小学校へのアクセスや車通りの多さなど、子育てのしやすさを重視しました。この物件についても、傷みや耐震について購入前に相談できてありがたかったです。

瀧口さん:「海が見えないと」など、強いこだわりがあったわけではないのですが、暮らしへのささやかな展望を叶えてくれるような、そして賑やかさと閑静さを兼ね備えた素敵なエリアの良い物件に出会えて幸運でした。さらに、売主さんがとても良い方で。そんなご縁もうれしかったです。

國本:そうでしたよね。この物件は、空き家になった後も定期的に風通しをしてもらっていたようなんです。前の所有者の方が物件を丁寧に使っていたか、どういう思いで住んでいたか。これらは実際、物件の大切な要素になります。

―建築堂の視点で、この物件はどんな印象でしたか。

國本:築年数は経っていましたが、構造はしっかりしていました。もちろん補強は必要でしたが、きちんと手を入れれば、これからも長く住める家になると感じました。

こだわりぬいた色彩と耐震補強。安心と美しさを両立するリノベーション

2階には寝室と将来の子ども部屋、1階は寝室以外のすべてをまとめたという小池・瀧口邸。リビングスペースの壁一面に備え付けられた造作本棚の一部はガラス窓になっており、玄関からもリビングからもそれぞれの顔が見える窓の役目を果たしています。特に1階の間取りは大胆にリノベーションされ、家族それぞれの暮らしに合った家に生まれ変わりました。

―リノベーションでこだわった箇所を教えてください。

加藤:壁や天井などの色味については、おふたりからかなりのこだわりを伺いましたよ。

瀧口さん:カラーチャートにある既存の色味ではなく、調合していただいたんですよね。すごく気に入っています。

小池さん:めちゃくちゃ悩んだ部分だったのですが、イメージ通りになりました。

瀧口さん:天井は尾道柿園さんの柿渋を使って、自分たちで塗装しました。何度塗りにするかによって、色合いや色の沈み方がまったく異なっていくので、何度も試し塗りしたりして。結局、天井板は2階も含めて60枚ほどありましたが、すべて三度塗りしました。

國本:ほかにも、小池さんたちは耐震についてもこだわられていましたよね。

加藤:そうそう。尾道市には住宅の耐震改修工事費に対する補助金制度があり、それを利用されたんですよね。結局どれくらいもらえたんですか?

小池さん:上限額まで補助してもらえました。期限が単年度で、お正月も挟んでいたし、スケジュールがとにかくカツカツだったよね。

瀧口さん:そうなんです。1月末までに改修工事自体を終わらせないといけないというスケジュール感で。だからおそらく、気づいたときには申請期限に間に合わないって方も多いのかなと思いました。

國本:関東出身のかたは僕らより、地震に対する防災意識が高いのかもしれません。これからどんな災害があるかはわかりませんが、尾道はこれまでを振り返っても地震自体が少なくて。

加藤:自然災害で多いのは大雨の影響による土砂災害ですね。西日本豪雨でも1か月近く断水で水が使えないという事態を経験しているので、地元の人はそちらへの警戒が強いかもしれない。もちろん地震にも備えないといけませんよね。

國本:今回、耐震工事で約2か月半。同時進行で内装を仕上げていきました。この家の規模にしてはスケジュールがずれこんで、完成までに7か月と少し工期自体は長めの現場になりました。

小池さん:担当してくださった建築堂のIさん(社員大工)が、手仕事もお人柄もとても丁寧な方で。たまに現場の見学に伺っても、嫌な顔ひとつせずに接してくださってうれしかったです。工期については、前もってお話をいただいていたので特に気になりませんでした。

國本:自社の人間なので僕からいうのも変かもしれませんが、丁寧な職人です。いつも現場をきれいに扱い、手の込んだ、粋な補強も手掛けていて、「おっ」と思ったことも一度や二度ではありません。定期的に社内でフィードバックを行い、工期も工事もよりよい家づくりに活かしていきたいと思っています。

夫婦で歩むデザインと表現の道

―移住や独立など、おふたりの背景についてもお聞かせください。

瀧口さん:小池とは大学院時代、同じ研究室でした。その研究室の教授が面白い人で、新宿と石垣島の二拠点生活をしている方だったんです。そんな恩師を見てきたから、都会にこだわらない生活に憧れを抱くようになったのかもしれません。

小池さん:移住や二拠点生活といった話題はふたりの間でよく挙がっていましたね。ただ僕は就職して公務員になっていましたし、正直なところ老後の話かななんて思っていたんです。しかし2020年のコロナ禍があって、自分たちの今後ももう少ししっかり考えていかなくてはという気持ちが芽生えました。

香川県の豊島(てしま)で結婚式を挙げて、瀬戸内海の穏やかさと風景美にとにかく感動しました。その後の新婚旅行で尾道に立ち寄って、景色がすばらしく、人もあたたかく、直感的にここだと感じて、僕もいつの間にか移住に乗り気になっていました。

―瀧口さんはすでに独立してデザイン事務所も構えていたかと思いますが、小池さんは行政職員から独立して個人事業主の道を選択されました。

瀧口さん:研究室時代から、彼のグラフィックはすばらしいなと思っていました。もちろん行政職員だってすばらしいお仕事なんですけど、個人的にはもったいないな、デザインを活かしたらいいのになという気持ちはずっとありました。

加藤:大きな都市の公務員を辞めて独立って、親御さんや周囲の人から反対はされなかったの?

小池さん:親からの反対はなかったですね。単純に遠方へ引っ越ししてしまうことへの寂しさはあったみたいですが、仕事に関しては「頑張れよ」というスタンスで。デザインについては、移住と退職を決めてからデザイン学校に通ったり、瀧口の仕事を見て勉強させてもらったりして学び直しました。

國本:おふたりとは仕事でもご一緒しているのでわかりますが、本当に真摯に、誠実な成果物を上げてくれる。このふたりは、ちゃんと「看板を掲げられる人たち」だと自信を持って言えますね。

―改めて、今回どんな家づくりを目指されましたか?

加藤:この物件は古民家というより、昭和の一般的な造りのおうちでした。おふたりのご意向も伺って、梁や木材を残して古さを活かすのではなく、一新することにしましたね。

小池さん:そうですね。前職で建築やまちづくりに携わっていたこともあり、全国の空き家問題についてはもともと問題意識があって、中古物件のリノベーションにこだわったのもそんな背景からでした。

移住後は、古民家を活かして住む方の暮らしぶりをたくさん見させてもらいました。そうしてたどり着いたのが今の家です。憧れの「古民家」という形態にはこだわらず、一般的な中古住宅を、自分たちなりに最高の住まいにしていくぞという裏テーマが、実はありました。

加藤:工夫して古民家暮らしをしている方はたくさんいますが、古民家で快適に暮らそうとすると、リノベでガラッと表情を変えないといけない場合も多いんです。この100年、50年、いや20年あまりで日本の気候は随分と変わってきて、当時の古民家が現代に合っているかというと、難しい。人が建物に合わせていかないと、なかなか住めないかもしれません。

自分たちに心地いい「まちとの距離感」とこれからの展望

―向島の暮らしはいかがですか?

瀧口さん:静かで、穏やかで、とても気に入っています。それでいて尾道本土側への渡船乗り場へのアクセスも良くて、楽しく暮らしています。

小池さん:散歩で海に行けるのもうれしいです。最近は保育園に子どもを預けたあと、島の南側までドライブするのが最高のひととき。横浜に住んでいたときには考えられないくらい、贅沢な暮らしを満喫しています。

瀧口さん:移住する前は、これから待っている暮らしに対していろいろな妄想を膨らませていました。そのひとつが、「まちに開く」という考え方です。土間を活用して、近所の人にもふらっと訪れていただけるような、開かれた空間にしたいなんて理想像を描いていたのですが、今思えばそれは自分たちの暮らしとはかけ離れているというか、背伸びをしていたというか。決して合ってはいない暮らしを想像してしまっていたなと思うんです。

―建築堂としては、「まちに開く」というコンセプトを聞いてどうでしたか?

加藤:小池さんと瀧口さんの暮らしのなかに、いつも他者が出入りしているイメージがもてませんでした。私自身、普段は仕事でたくさんの人とお話しますが、家ではひとりでいたいタイプ。プライベートスペースが守られた個々人の時間って、やっぱりすごく大事だと思うんです。ものづくりを生業にしている人は、特に。

小池さん:そうだったかもしれない。多分、「まちに開く」をそのまま実践していたらすごく疲れてしまっていたと思います。想像できていなかったそのイメージを、的確に持っていただけたのは僕らにとって発見でした。

また仕事スペースについても最初は、壁がなくリビングと一体になっている空間を想定していたんです。でもこうして仕切ってもらったことで集中力が増し、切り替えもしやすいことがわかりました。それでいて視線は通る奥行きも作っていただけたので、結果的にすごくよかった。

加藤:仕事スペースはちょっとしたラボラトリーをイメージしました。自宅で仕事するって、切り替えポイントを作らないと終わりがないんですよね。私がそうなので、ずっと仕事している気分でいてほしくなかった。夫婦で仕事しているといっても、仕事モードが切り替わるタイミングも違うでしょう。だからこのラボに入ったら仕事モードがオンになるような、そんな空間づくりがしたかったんです。

瀧口さん:すでに、この家に住み始めてから仕事相手の方と打ち合わせにも利用しました。そのときに、「プライベートの生活感と仕事感が、ちょうどいい空気ですね」と言っていただいて。

加藤:そうですよね。でも時々なら「開く」もアリかもしれないと思って、このリビングスペースに人を招いて展示やワークショップが行えるような配置は意識しました。キッチンを真ん中ではなく、少し奥に配置したのもそんな将来設計からです。置いた幅200cm超の大きなダイニングテーブルも建築堂でふたりのために造作したのですが、可動域が広いので普段遣いもできるし展示として活用してもらえると思います。

また、ダイニングテーブルに合わせて照明もオリジナルで作りました。テーブルをどんな配置にしてもきちんと照らせるよう工夫し、これからも建築堂のオリジナルの照明として今後も改良を重ねていく予定です。

瀧口さん:最初に想像した「まちに開く」は、そのままですと自分たちの性質には必ずしも合っていないことがわかりました。でも解釈を少し変えて、こうした空間をご提案いただいたことで、自分たちに合った「開き方」というものを改めて模索するきっかけをいただいたと感じています。

―今後どんな生き方を実現したいですか?

瀧口さん:日々をコツコツと、楽しく重ねていきたいです。そして、子どもが私たちのそんなささやかな暮らし方から何かを感じ取って、こういう生き方もあるんだなと知ってもらえたらうれしいです。

小池さん:自分の幼少期を思い返すと、親がなんの仕事をしていたかって全然知らなかった。でも子どもには、僕らの仕事や生活の営みを身近に見てもらえるような、そんな家になったらいいなと思います。

瀧口さん:私もそうだったかも。これまで実家も含めていろいろな家に住んできましたが、こんなに毎日ストレスのない家は初めてで、建築堂さんにお願いして本当に良かったと思います。子どもの成長と、そして自分たちらしい「開き方」を探っていくのがこれから楽しみです。


背伸びをしてしまいがちな「移住の理想像」を見つめ直し、自分たちの暮らし方に合わせて空間を作り直していく――今回の話を伺いながら、リノベーションとは暮らし手自身が自分たちの輪郭を見つめ直す時間でもあるのだと感じました。

尾道というまちには、古きをそのまま残す暮らし方もあれば、小池さん・瀧口さんご夫婦のように、既存の骨格を活かしながらまったく新しい暮らしを作っていく道もあります。

それぞれのやり方で尾道に根を張る人たちが、確かにこのまちの地盤になっていると思わされるような、静かな雨の日の取材でした。

グラフィックデザインユニット「TŌCA」 https://toca-d.com

text安藤 未来 photography加藤 一実